コミュ障でも人から慕われるのは可能?コミュ障の編集者の話

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ネットの世界で特に有名な「やまもといちろうさん」の、コミュ障についての記事がとても感動的です。

 先日、とある経済事情系の記事をメインに書いているジャーナリスト氏たちと話していて、どうしようもなく打診が下手で腹の立つ若手の編集者がいるという話題になりまして。 私も「ああ、あの人かな」と思っていたら、同席していた別のジャーナリスト氏も「あいつは酷い」

やまもとさんの担当編集者で、コミュ障で有名な方がいるそうです。それは山本さん以外の人にも有名な人だそうです。このコミュ障の編集者の方の特徴は、「突き放したようなろくでもないコミュニケーションの取り方」「電話は用件だけ伝えてガチャ切りする」「メールでただ一言『次回原稿は○○日です』とだけ送られてきた」「メールも酷いけど、会って話しても何も面白くもない」などだそうです。

先日、とある経済事情系の記事をメインに書いているジャーナリスト氏たちと話していて、どうしようもなく打診が下手で腹の立つ若手の編集者がいるという話題になりまして。

私も「ああ、あの人かな」と思っていたら、同席していた別のジャーナリスト氏も「あいつは酷い」「メールでただ一言『次回原稿は○○日です』とだけ送られてきた」「メールも酷いけど、会って話しても何も面白くもない」ということで話の華が咲いたわけですよ。 もちろん、まともに返してくれることも多いんです。あくまで、酷いときはこうだ、というだけの話ですけど。むきたてのジャガイモが眼鏡かけたみたいな顔をしているんで、特定方面で「ジャガ」といえば彼だとみな分かるでしょう。凄い狭い世界ではありますが。

で、何を隠そう、いまの私のある仕事の担当者がその本人なんですよね。だから、あの突き放したようなろくでもないコミュニケーションの取り方は疑問があるし、電話は用件だけ伝えてガチャ切りするしで、まあ何様なんだって雰囲気を漂わせることが彼にとってマイナスなんだと伝えてはいるんですけど。

周りの人たちもこの編集者の方のコミュ障ぶりに呆れて、「彼にまともな話をさせる会」という会を設定さえしようとしたそうです。

普通であれば、このような人の周りには人が集まらないように見えます。しかしそれでもこの編集者の方には人が集まってくるそうです。つまり、「コミュ障でも人から慕われているのです」。やまもとさんは以下のように書いています。

でも、彼の周りに人が集まっているのは、やっぱり読む力、直す力があるからなんですよ。本を書こうとするじゃないですか。そうすると、校閲に入るまでにあれやこれや編集者とやり取りして物事を作り込んでいく過程ってのがあるんですけど、そこで展開されるのは、赤や青のペンでびっしりと書かれたコメントや直しの箇所や直し案や表現の重複、場所の入れ替えなどなど。隅々まで読み切ったからこそ、そこまで書けるんだろうなあと言うぐらいに、しっかりと書き込んであるわけです。

つまり、コミュ障であっても仕事がきちんとできれば人から慕われるということでしょう。コミュ障という人とうまくやる能力(対人)とは別に、人とは関係ないところでの能力、対コト、モノとでもいうような能力も結構重要なのではないかと思える記事です。もっと言うと、欠点(コミュ障)を改善しようと努力するよりも、得意な分野を伸ばしていくことで、結果的に欠点もカバーできるようになるということかもしれません。

「コミュ障」は基本的に一人だけでは成立しない障害です。コミュ障が成立するためには必ずだれかほかの人間が必要になります。その点で、コミュ障は人や社会によって左右される「社会的な構築物」といってもいいでしょう。つまりコミュ障は「曖昧な概念」なのです(もしかしたらコミュ障の人も、相手の人を変えたり、環境を変えたりすればコミュ障ではなくなる可能性もけしてゼロではありません。)

そのような曖昧な「コミュ障」という状態を改善する努力をするよりは、もっと人とは関係のないところでの能力を伸ばしていったほうが実りのある結果が得られるのかもしれない、そういう風にも思える記事でした。

ちなみにこのコミュ障の編集者の結婚式でのペン立て台に刻まれていた言葉は「沈黙は金なり」だったそうです。

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