ADHDの子どもが金メダリストになるまで・・金メダリストマイケル・フェルプスの物語

マイケル・フェルプス

wikipediaより

現在、オリンピックが開催されていますね(2016年8月10日現在)。

アメリカの水泳選手「マイケル・フェルプス」は、水泳の世界記録を打ち立て、オリンピックで金メダルを獲得した有名なアスリートです。

マイケル・フェルプスはまた、自らがADHDであることを公表していることで有名です。

マイケル・フェルプスは小さいときからADHDの症状に苦しんでいました。しかしそんな彼がなぜ金メダリストになれたのでしょうか。その半生を少し紹介します。

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「落ち着きのない子ども」

マイケル・フェルプスが6年生のとき、彼はクラスで落ち着きがなく、集中力にも問題がありました。

小児科医は彼をADHDと診断し、薬を処方しました。

マイケル・フェルプスは数年間薬を服用していましたが、13歳のとき、薬を飲むのを止めることに決めました。

彼はその代わりに、落ち着きなく動き回る自らのエネルギーを有効に活用できる方法を探す必要がありました。マイケル・フェルプスにとって、それが「水泳」でした。

「何をやってもうまくいかないだろう」

かつて学校の先生は、彼の母親に「フェルプスは集中力がないので、何をやってもうまくいかないだろう」と話したそうです。また彼の母親も、息子は薬を飲まなければうまくいかないだろうと思っていたそうです。

しかしこの先生と母親の厳しい予想に反して、マイケル・フェルプスは世界新記録を打ち立てたアスリートになったのです。

あるインタビューで、フェルプスは「「意志」こそが最も強い効き目のある薬です。もしできると思い、そうしたいと望むなら、どんなことも克服することができるのです」と語りました。

「ADHDという診断は、「予言の自己成就」にもなる?」

障害の「診断」はそれ自体が「予言の自己成就」となります。

予言の自己成就とは、根拠のない予言であっても、それを信じて行動することによって、結果として予言通りの現実がつくられるという現象のことです。

もし子供がADHDのラベルをつけられたら、親や先生、医者、他の家族のメンバーはみな、「ADHDをもった」子どもとして見るようになるでしょう。そして子ども自身も自分には問題があると思うようになります。

ADHDという「ラベル」が、周囲の人や子ども自身の見方を変えてしまう、そのことに敏感である必要があるのでしょう。

もちろん、フェルプスには並外れたアスリートとしての才能があったので、それが症状をコントロールするための自尊心を後押しし、ADHDのラベルを振り払うことができました。

しかしそれでもフェルプスはADHDと診断されたという事実に打ち勝つことはできなかったのです。

「マイケル・フェルプスの物語はADHDの子どもと親に参考になる」

マイケルフェルプスの物語は、ADHDの子どもとその親にとって、とても参考になります。

水泳や、サッカー、テニスなどのスポーツに参加することが、結果的にADHDの子どもの過剰な神経エネルギーを発散させる助けになるとわかるからです。

アメリカでは、230万人のADHDの子どもがADHDの薬を服用しているそうです。アメリカでは薬物治療が唯一の治療法だと信じる親が多く、薬物治療以外の選択肢を探そうとする親が少ないのだそうです。

しかしマイケルフェルプスの物語は、子どもがADHDと診断されたときに、薬物治療以外の選択肢があることを教えてくれるのです。

参考記事:From ADHD Kid to Olympic Gold Medalist

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